2008年10月の独り言

4(土)秋晴れ。久しぶりのドライブは最高な気分でした!

亀岡でトキちゃんとの共演をしてきました。10月1日にめでたくご入籍され、本名は山内さんとなられましたが、音楽活動はこれからも森さんで続けていかれるそうです。
今回演奏したのは、ワタクシにとってずいぶん久しぶりのシューベルト歌曲。彼の作品は、音数がそんなに多い訳ではなくても難しくて、ソロでも歌曲の伴奏でもずっとなんとなく苦手意識があったのですが、なぜだか今回は楽しかったのです。相変わらず上手くいかない事も多いけれど、少し距離が縮まった、というか。トキちゃんの温かい声がそんな空気を醸し出してくれたのはまず間違いないでしょう。的確な指示を下さったきーちゃん師匠にも感謝です。それに、彼の作品をしばらく離れて他の作品に触れていた間に自分の中で何かが変化していたのかもしれません。そう考えると、年をとるのも悪くないな。うん。今回は4曲だけだったので、今後もっとたくさん彼の歌曲を勉強しなおそうかと思います。
遠いところ聴きに来てくれた友人Yさん、Oさん、いつも心強い応援のUさん、本当にありがとうございます。突然現れたKさんにはビックリでしたが大変嬉しく思いました。皆さんのお陰で明日も頑張れそうです。


14(火)朝から冷たい雨が降り続いています。

しばらくぶりの日記になります。別に臥せっていた訳でもなんでもなく、盛り沢山で逆に書けないような状況でして(苦笑)。ワタクシの場合、適度に時間的精神的余裕がないと書けないもので。
たとえば昨日。11月に演奏会を控えたサクレの練習に13時まで参加。そうです。彼女たちに祝日なんて関係なくて、もう目の前に迫った大きなイベントのためにフル稼働なのです。多忙なため練習になかなかお見えになれない本山先生のレパ、ブラームス「ジプシーの歌」の練習と、10/26の摂津音楽祭ゲストステージ(審査会議の間に演奏、音楽祭に来られる方は是非聴いて下さいね!)の練習をしました。
練習はまだ途中でしたが、ワタクシは関西合唱コンクールにメディックスの伴奏で出場するために伊丹に移動、ホール集合時間まで別の場所で練習している彼らに合流しました。そこにピアノがないため、鍵盤数の少ないキーボードを持ってきてもらって信長さんの曲を弾いたのですが、わかってはいたとは言えやっぱり弾きづらい(苦笑)。でもそんな事に文句は言っていられませんし、気合の入った彼らは「そんな事大して気にならない」といった雰囲気で、その事でずいぶん救われたました。指揮者Nさんもいい感じで音楽を動かしていたし、本番の舞台は彼らなりに楽しんだように思います。結果は5団体中4位の銀賞。でも彼らの前期からの頑張りにはワタクシは最大級の拍手をおくりたいと思います。課題は克服して定演でもっといい演奏ができますように。ワタクシももちろんまだまだ頑張ります!
舞台を降りて写真撮影を済ませ、ダンナくんの元同僚Iさんの結婚パーティに出席するため、急いで京都へ移動。ウエディングドレスに身を包んだIさんはすっきりと痩せて綺麗でとても嬉しそうでした。新郎も優しいまなざしで眩しそうに花嫁を見ていました。その気持ちをお互いに忘れずにずっと仲良く暮らしていって下さい。
というようなバタバタした一日でしたが、充実していました。毎日こんなだと本当に倒れてしまいそうですが、ご心配なく。さすがに一日に3つも用事が重なって移動するなんて事は滅多にありませんので。さ、明後日はいよいよ焼津です。聴きに来られる皆様、盛り沢山な内容になっております。どうぞお楽しみに!


18(土)秋晴れ。気持ちいいですね。

焼津での通崎さんとのコンサートを終え、昨日帰ってまいりました。コンサートスタッフが素晴らしく、食べ物は美味しく、演奏も楽しく、お天気も良く、最高な旅となりました。もう少し詳しくお話する事にしましょう。
14時過ぎから予定していたリハーサルですが、「早めに行ってお昼に何か美味しい海の幸を食べよう!」という事で12時頃には焼津入り。お陰でその後気持ちに余裕をもって動けたのです。駅前の通りにあるお店で豪華な海鮮丼を頂き、あまりに満腹になってしまったので、徒歩でホールまで(迷いつつ、苦笑)移動。
ホールに着くと、ロビーでの着物の展示や物販のための設営が、まだ届かない荷物を待っている状態でした。リハーサルの合間にロビーの様子を見に行くと、届いた荷物が解かれて、銘仙着物コーナーを見やすいように工夫しているスタッフ、着物をマネキンに着付けしているスタッフ、それを飾るひな壇に自ら照明を合わせる館長さん、物販コーナーもきっちり見やすいように整理されていて、実は演奏同様ロビーでの展示もうまくいくか気になっていたという通崎さん、その素晴らしい出来映えにいたく感激して、スタッフと写真を撮ったりして長めの休憩になりました。
本番は着物の事、音楽の事、いろいろ交えたトークをはさみつつ進行、お客様も最初は様子を伺う感じでしたが、徐々にほぐれてきたようでした。今回も面白いプログラムだったのではないかしら。楽しんで頂けましたか?ワタクシの親戚で御殿場から新幹線で駆けつけて下さったNおばさまとそのお嫁さん、開演前にお目にかかったのですが、久しぶりに拝見したおばさまの素敵な笑顔とお二人の仲良さそうな様子に俄然力が湧いてきました。そして、なんと大阪から車で「追っかけ」をして下さったUさん、静岡・焼津に住まうT混OBOG三人衆、皆さんのおかげで実に心強く演奏する事ができました。ありがとうございました。そして、並々ならぬ熱意と驚くほど軽いフットワークととびっきりの笑顔を持つ素晴らしいスタッフの皆様、心より感謝いたします。
翌日はお昼を済ませて焼津を出ようと計画、その事をスタッフに話すと、なんとちょうどレンタサイクルがコンサート当日届いたというではありませんか!しかも2台!という訳で、ワタクシたちが最初の乗り手となり(笑)、翌日は焼津の街(主に港方面)をサイクリングする事と相成りました。いい風が吹く絶好の自転車日和。


残念ながら遠くはかすんでいて富士山はうっすらとしか見えませんでしたが、港ではマグロ漁船からクレーンで降ろされる冷凍マグロの様子を見て「おぉーっ!」と大興奮。


漁港の街らしくスーパーや八百屋さんと並んで大漁旗のお店があったり、お昼は館長さんご推薦のお寿司屋さんで頂き、消化しつつホールまでまたサイクリング。実に楽しい時間でした。
目の前が漁港というお寿司屋さんで、ワタクシが頂いたのは「マグロステーキ定食」。写真をご覧頂ければおわかりの通り、ダイナミックな量でしたがたいそう美味でした。


「来て下さったゲストはもちろん、お客様にも、とにかく皆さんに喜んで頂きたい。そのためにはまず自分たちが楽しまないと。」と笑顔をおっしゃっていた館長さんが印象的だった焼津の旅は忘れがたいものとなりました。ワタクシの演奏の次の目的だった「黒はんぺん」(笑)、忘れずに購入できこれまた大満足です。


19(日)今日もいい天気〜。

地元高槻の音楽家協会定期演奏会に出演しました。音楽家協会に入会してずいぶん長くなりますが、こういう機会は実は初めてです(と思っていたけど、思い出した。むかーし、バイオリンの伴奏で一度演奏会に出ましたっけ。あぁ薄れゆく記憶。。)。ここ数年はバタバタして聴きに行く事すらままならず、いつも失礼していましたが、ある日役員さんからお電話があり今回の件を依頼されました。モーツァルトのいろんな作品をアレンジした合唱曲とオペラアリアを歌うソリストの伴奏でした。限られた回数の合わせで、どなたとも初めての顔合わせでしたし、ソリストはもちろん、お客様に喜んでもらえるレヴェルを目標にしつつ仕上げるのはなかなか大変でしたが、やりがいもありました。好きなモーツァルト作品だったから、気持ちが保てたのだとも思います。今日は母が一人で聴きに来てくれました。気忙しく駅まで車で送る事しかできませんでしたが、大感謝です。
というのも、今日は本番後打ち上げに出ず京都の仕事へ移動せねばならなかったのです。京都の方の控え室で出番を待っていると、同室していた着付けの先生に「あのぉ、口紅をもう少しちゃんと引かれた方がいいかと思います。お粉ももう少しはたいてみられた方が。。」とチェックが入りました。そう言えば、本番後急いで移動したままなのでした。出番前にちゃんと言ってもらえて良かったと思います。Y先生、ありがとうございます。これだけいろんな場所で弾く機会があって、どこでどなたが演奏のみならず姿かたちをご覧になっているかわからないのですから、もう少し自分で自分をしっかり管理しなければ、ですね。ショックだったと同時に、あまりの自分の無防備さ加減にあきれた瞬間でした。反省。。


31(金)曇天です。

10月上旬からずっと右目の調子がよくありませんでした。ワタクシ、両目に「瞼裂斑(これは自然現象らしい)」があるのですが、そこがコンタクトで傷ついたりする事があって、疲れがたまったりアレルギー反応などでそこからバイ菌に感染するのです。それで、コンタクトを入れるたび充血がひどかった訳です。。という事がこのたび眼科に行って初めてわかりました。 眼科に行くまではそういう状態だとは知らずに、でも充血が治らないなぁと思って、1日2日メガネで過ごしては次の日にコンタクトをしていたのです。やはり、ピアノに向かう時はなるべくコンタクトがいいので。ところが、1日や2日コンタクトを休んだくらいじゃぜーんぜん良くならず、「これはイカン!」ってんで、眼科で診てもらいました。目薬を2種類、一日4回。一週間のコンタクト禁止令。一週間経って、もう一度診てもらってOKが出たので、早速コンタクト装用。ところが、どうやらその時に傷がまたできたらしく、すぐ同じ状態になってしまいました。治ったと思っていたワタクシ、ビックリしたし不安だったので、たまたま通りがかった昔行った事のある眼科で診てもらう事に。そこで「瞼裂斑」という言葉を聞きました。そして、瞼裂斑のある人にとってハードコンタクトは負担が大きいのだ、という事も。これを機会に、使い捨てコンタクトとかに切り替えた方がいいのかなぁ。。2回目の診察で2週間のコンタクト禁止令が出て、もうしばらくはメガネーゼ生活を続ける事になりました。皆さん、自己診断は無駄に症状を長引かせる事になりますから、できるだけ早めにお医者さんに行きましょうね(←経験者は語る)。

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